初めての翻訳アルバイト

<大学時代-8>
その人は私の先輩のようでした。でも学科は英語学科卒とか。さらにその人はなぜかイタリア語堪能で、ローマ教皇が来日した際に通訳をやったことがあるほどの実力のようでした。
ですが、交通事故が原因で車椅子生活を送る身となり翻訳で生計を立てているとのこと。「翻訳はうまくいけば月100万くらい稼げるよ」と豪語していましたが、お住まいのマンションはあまりパッとしない感じだったので話半分で聞いていました。

さて、初めての仕事ですが、日本語で書かれた何かのマニュアルをスペイン語にする作業でした。

リードタイムは短く2日程度。当時はEメールどころかパソコンもまだ普及していませんでしたから、多分作業はタイプライターか何かを使っての手作業だったはずです。

その雇い主の方が持っていた辞書などを使いなんとか訳すと、次はポルトガル語で書かれた短い文章の和訳を頼まれました。

非まじめっ子

「ポルトガル語はスペイン語に似ているから出来るでしょ?」みたいな… 内容は実務翻訳というより、ポルトガル出身の作曲家の簡単な経歴の和訳だったのでさほど難しくはありませんでした。

しばらくすると、また同じ人から電話がかかってきて、自動車のマニュアルの日本語→英語の案件があるのだが、原稿を綱島まで取りに行ってほしいとのことでした。

仕事はどんどん入ってきて忙しそうなのはわかりますが、何となく便利屋みたいに使われることに不安を感じ、その時は原稿を取りに行くところまではやりましたがその仕事は引き受けず、その後もその人からのアシスト依頼があってもすべてお断りしてしまいました。

翻訳業の世界を垣間見たのであとは残りの大学生活を満喫しようと思っていた矢先に、同じ学科の友人から声をかけられて、契約文書の英訳をすることになりました。

5日間で仕上げて¥60,000というのが魅力的だったのです。当時の私の家庭教師のアルバイトでは週一×4回で月に¥24,000くらいでしたのでこのレートにはびっくりでした。

(先ほどの北赤羽のところで受注した仕事はあまり印象に残っていないのでおそらく大したレートの支払がなかったのではないかと思います。)

今のようにパソコンがない時代にネットにアクセスできるわけでもなく、頼りに出来るのは法律用語の紙ベースの辞書のみ。

幸い大学には快適な図書館があったのでそこに籠って作業をしました。こんな英訳でいいのかしらと不安を感じながらも納品し、それでも納品先は喜んでくれてきちんと¥60,000を支払ってくれました

もっとも源泉徴収なので手取りは¥54,545でしたが、大学生には十分過ぎる報酬です。

大学時代のこのような翻訳経験で、「翻訳って経験がなくても何とか出来てしまうもの」、「結構報酬は高い」、「仕事も結構ある」という先入観を持ってしまったのですが、しばらくその先入観は後までずーっと引きずっていて、「いざとなったら翻訳で身を立てられるかも」のような甘い考えに発展してしまったのかもしれません。

written by 非まじめっ子

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