予想外に英語が活かされない!?

<社会人編-3>
本当にバブリーな時代でした。大した能力がなくても証券会社にいれば高収入をほぼ保障されていたようなものです。ロンドンからの研修から戻ってみればまた泥臭い世界の真っただ中にいました。
確かに新卒としては高給が支払われていましたが、仕事の中身はと言えば、とにかく正確に数字を使いこなして発注および注文執行を行う事。同じ部署の大半が高卒で日本の地場証券叩き上げの人たちばかりだったので何だか私自身は浮いていたと思います。

海外からくるオーダーと約定(注文執行の結果)のやり取りは英語だったものの、はっきり言って大した英語力は不要でした。

隣の外人セールス部隊とのコミュニケーションはもちろん英語だったものの、こちらも使う言葉は限られているので慣れてくればむしろ業務そのものに慣れている高卒の先輩たち(年齢的には私より若干若い~2-3年程度年長)に任せた方がスムーズなくらいです。

非まじめっ子

入社後1年半あまりでもう仕事に飽きてきた感がありました。英語力もむしろ後退気味でしたし…。

1989年12月はちょうど景気の先行指標である株価指数が史上最高値38915.87円(1989年12月の大納会、終値ベース)をつけて翌年から大暴落が開始することになったわけですが、ひたすら正確に正確に、と神経をすり減らすだけの毎日に飽きていた私は「先物」とか「オプション」と呼ばれる金融商品に関心を向けていました。

まさにそのタイミングで勤務していた東京オフィスでも指数の先物やオプションの取引を開始することが決まり、ロンドンからトレーダーが一人派遣されてきて私にマンツーマンの研修をする、ということになったのです。それも単にちょっと英語が出来る株式トレーダーだというだけで。

研修が始まると、しばらく一部しか使っていなかった私の英語コミュニケーションスイッチを全面的にオンにしなければならないことに気づきました。ロンドンからのトレーダー(確かJonathanという名前だったと思いますが) が先物・オプションの教科書として持ってきたのは全部英語で書かれた本です。

オプションの値段を決めるにはいろいろ金融数学の知識が必要なのですが、そういう理論的なことが全部英語で説明されていました。

Jonathanは私がきちんと先物やオプションについて理解しているかいろいろ質問してきましたが、もちろん英語で回答するわけです。

今にして思えばやはり使っている用語はその分野に限られたものなので飛躍的なボキャビル向上にはつながったとは言えませんが、それまで知らなかった用語や言い回しを覚えましたし、彼との日常会話は英語だったのでそれはそれで良かったと思います。

この時思ったのは、職場で英語力をつけられるかどうかは日々コミュニケーションを取る相手が英語しか話さないかどうかで決まる、ということと、同じことを繰り返すと頭の中で定着する、ということでした。

たとえば直属の上司が英語圏から来た人でもその人の日本語が流暢過ぎてコミュニケーションはすべて日本語、という状況では自分の英語力アップにはまったく寄与しません。

その時のデリバティブ(先物やオプションのこと)トレーニングではその条件が満たされていたわけです。

さらに、毎日デリバティブのことを朝から夕方まで話題にしているのでそれに関わることばは自然にアウトプットできるようになります。

当たり前のことなのですが、この「繰り返す」という作業は重要だと実感しました。

written by 非まじめっ子

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