普通にコミュニケーションに苦労

<社会人編-4>
さて、デリバティブ(先物やオプションなどの金融商品)のトレーニングが終了しトレーダーは帰国しました。
ですが、当初の当てが外れてリスク回避型の会社だったので結局新しい取引を行うことはせず、私は実質やることがなくなってしまいました。
それで同じイギリス系の別の証券会社へ転職しました。当時は入社後まだ3年目くらいでしたしデリバティブ業務については売り手市場だったのですんなり次が決まったのです。

今度の上司はアメリカ人。ですが、日本人とのハーフで日本語は普通に話せる人。でも海外からのオーダー対応があるので私のなけなしの語学力でも買ってくださったようです。

入社後はいろんな成り行きでなぜか日経平均などの株価指数デリバティブの営業をすることになりました。

顧客は日本の金融法人なので、また英語から遠ざかる、と思ったら毎朝モーニングミーティング(調査部と営業との合同ミーティングで開始は7:20 !!!)で市場について日本語と英語でコメントをすることになったのです。

まあそれでも使う用語は決まっていますし、何とか簡単なコメントはしゃべることができましたが結構ドキドキでした。

それまでも毎日市場について簡単なレポートを作成して希望するクライアントにFAXで(当時はメールは普及していませんでしたし)一斉送信をしていたのですが、今度は英語でウィークリーレポートを作ることにしました。

日本語で作成したデイリーレポートでは海外のクライアントとか、外資系投資顧問の外人ファンドマネジャーには読めないので、だったら週一ベースで英語のものを作ってみようか、と思ったわけです。

これは結構ライティングの練習になったと思います。海外のクライアントにも送るので調査部にお願いしてプルーフリードをしていただくことに。

非まじめっ子

これも一種の添削ですからプルーフリーダーからのフィードバックはとても参考になりました。このライティングの訓練は、さらに四半期レポートを作成することで機会も増えました。

こんなことを続けていても取引量が減少してきましたし先が見えてきてしまったので、年齢ももう32歳くらいでしたが、思い切って金融情報プロバイダーに転職したのです。

7年間どっぷりつかっていた証券界と今度の業界とは接点が多少あるものの、アプローチがまったく違いました。

今度の方が正真正銘の「外国企業」だったのです。外資系証券会社というのは表向き外資系でも日系企業出身者が多いため実質「日本企業」。日本の金融取引の慣行を知らないとビジネスが成り立たないからなんでしょうね。

ところが今度の金融情報プロバイダーは、上司が日本人でも全部発想がアメリカ流。Eメールもずっと社員に浸透していました(当時は英語しか使えないメーラーソフトでした)。

発展目覚ましいこの会社では上司が何度か変わり、次はイギリス人、その次はニュージーランド人でした。いずれも日本語は話しません。

こういう環境は英語力の向上には理想的です日々のリポーティングを英語で行うわけですし、何か相談したい込み入った内容のことでも英語で説明できなければならないわけですから。

2年連続して通産省、その後の経済産業省から委託を受けたプロジェクトを行ったことがあるのですが、その際にはクライアントさんが筋金入りの「官僚」で無理難題を持ちかけるものですから、上司とアメリカ本社とこのクライアントの間でコミュニケーションに苦労してほとんど身体を壊しかけたこともありました。

written by 非まじめっ子

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