「English-speaking Society」に入る

<高校時代-1>
さて、めでたく第一志望の高等学校に入学し、自転車20分+電車15分+徒歩10分の通学が始まりました。
一世帯当たりの車の保有台数日本一、みたいな田舎なので「電車」の本数は極めて少なく、電車を一本乗り過ごしたら大変です。

結局door-to-doorで1時間を超えることもしばしば。

秋になればもうあたりは真っ暗。ほとんど人気のない田んぼの中を何百メートルも自転車で走って帰るのも怖いです。

おまけに進学校なので勉強も楽とは言えず…そんな状況なので部活は運動系をあきらめて文化系のESSに入りました。

ESSってEnglish-speaking Societyのことで、もう死語になっているかと思ったら今でもESSがある中学、高校、大学ってかなりあるんですね(私の出身大学でもありました!)。

むしろ今の方が巷に出回る英会話教材は多いし、留学生も多いし、昔より活動も充実しているのかも。

私が入ったESSは部員全部合わせても10名くらい。週に2~3回の活動でいつも顔を出す人は5~6人だったと思います。

活動内容は全然覚えていませんが、充実した内容だったという記憶がまったくありません。行き当たりばったりのようなものだったと思います。

それでも、顧問の先生が英語を心から愛している英語担当教諭で、熱心に活動について助言をしてくださったり活動で使う教材もよく見つけてくださったりしました。

当時としては珍しく我が校にはLL (Language Laboratory) 教室なる特殊教室があって、実際にLL授業もあったのですが、ESSの活動にも使わせてもらうことに。

国内のどこの英語教材メーカーが作った製品かわかりませんが、英会話を重視した教材を部で使っていたことは覚えています。

自宅でも練習出来るようにとテキストを購入したり、学校のLL教室でカセットテープ (懐かしい!!!) に何時間もかけて録音させてもらったりしたのですが、その教材も全体の5分の1もやらずにそのままに。自分にはカセット教材との相性が悪いんだなあとあらためて痛感しました。

非まじめっ子
そんな劣等生部員の私が何とかESSに居残ったのも、そこでとても前向きな英語大好き少女に合ったからでした。

彼女と帰りの電車の中で他愛もない話の他、英語習得の方法とかもよく話していたので、彼女が英語学習のペースメーカー役だったわけです(ちなみに彼女は現在、某国立大学で英語学を専門とする准教授として活躍しているようです)。

何事においても何かを勉強している時には、やはり共に(???)切磋琢磨(???)できるような友人というかライバルは自分のモティベーションを上向きにする重要なファクターですよね。

written by 非まじめっ子

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