強烈な経験だったので生涯忘れることのない単語

<翻訳者編-9>
単語を覚えるという作業は大学受験の頃から苦手でした。
学生時代の英語学習へのノスタルジーから、父はよく自分で使った参考書類を(私のためにという名目で)買ってきてくれましたが、概してピタッとはまるものはなかったような記憶があります。妙なたとえで恐縮ですが、OTC薬(店頭販売の医薬品)については「ロングセラーは必ずしも万人の特効薬とはならず」とかねてから思っていましたが、これは英語の学習書にも当てはまるのではないかと最近感じています。

昔、「赤尾の豆単」と呼ばれる英単語集がありました。外観は変わりましたが今もあるみたいですね。これも父から勧められたことがありました。彼が実際にボキャビルに役立てたのかどうか当時確認はしませんでしたが、結果的に私には使いこなせなかったことは事実です。アルファベット順に並んでいるのでAのページが終わらないうちにつまらなくなって挫折してしまうんですね。何度トライしても結果は同じでした。私には向かない英語教材でしたが、世の中にはこのお蔭でボキャビル出来た人も少なくないのでしょう。だから今でも販売が続いているのだと思います。

さて、ボキャビルの話でした。医学英語の勉強を意識するようになった頃、某英語学習サイトでメディカル英語のページに毎日のようにアクセスしていた時期がありました。日替わり/週替わりでコンテンツも更新されるので気になって(仕事も閑だった?) 飽きずに定期的にアクセスできたのだと思います。

その中に「チャンツ」でメディカル英単語を覚えよう、というページがありました。「チャンツ」とは皆さんもご存じだと思いますが、リズムに乗せて英単語を発音しそれを覚えていこう、という英語学習のアプローチです。始めた時は目新しさもあって、確かに昔の “単語を覚える”⇒ “つまらない”、“大変”、“暗い”というイメージは払しょくされるような気もしました

残念ながら、私の場合90%以上が揮発性の記憶にしかなりませんでした。その単語は覚えれば今後役に立つ場面があるのでしょうが、それを覚える時に同時に脳にインパクトを与えないと記憶にならないようです。

例え話としては非現実的なものかもしれませんが、パティスリーのことなら何でもご存じの方が何の関連情報も与えられず「去勢抵抗性前立腺がん」という用語を日本語で聞いたとします。そのパティシェのご家族や親しい友人に前立腺がんの患者さんがいるという場合を除き、この用語を1年間覚え続けていることはかなり困難なのではないかと思われます。第一パティシェの仕事には直接関係ない用語ですから。多分、小児科の町医者に何年も勤務している看護師さんも、学校へ通っていた頃は覚えていらっしゃったかもしれませんが、勤務先の専門が小児科ならば日常的に使用することもないでしょうし、もう忘れてしまったかもしれません。そのような小児科医勤務の看護師さんより、むしろ、前立腺がんの闘病を続けているご主人がいらっしゃるパティシェの奥さんの方がこういう用語には敏感でしょう。

非まじめっ子

横道に逸れて自分でも何が今回のテーマか忘れそうです。チャンツに話を戻しましょう。結局、チャンツで取り上げる用語は、用語そのものについて私がバックグラウンドを何も持たない場合はまったく定着しないのです。仕事で何度か見たことがありながら忘れかけていた用語ならすぐ思い出せます。

先ほどの「去勢抵抗性前立腺がん」ですが、英語では “CRPC (castration-resistant prostate cancer)”です。これは実際に前立腺がんについての調査に携わった中で覚えました。患者さんのインタビューを何件も読みましたし、自分でもレポート作成に関わりもう何十回と目にしましたので覚えないはずがありません。

先ほどのサイトではその日のチャンツに肺の疾患名が取り上げられていたことがありました。日本語と英語をマッチングさせる作業もありますが、知識を総動員しさらに勘にも頼り辛うじてマッチングは出来たとしても新しい用語を記憶にとどめておくことは難しい。「院内感染肺炎」は“nosocomial pneumonia”なのだそうですが、個人的に“nosocomial”に初めてお目にかかったので、余程意識して覚える努力(例文を自分で作ってみる、とかその例文を20回くらい紙に書くとか読み上げるとか…)をしない限り、多分これも揮発性記憶になってしまいそうです。

一方、“NSCLC (non-small cell lung cancer)”は問題ありませんでした。「非小細胞肺がん」のことなのですが、単語の組み合わせそのものが簡単ですし、やはりこれも個人的に仕事で何十回と使用した用語だから覚えているのです。

「赤尾の豆単」でもチャンツでもそれだけで覚えるのは私にとってすごく難しいことなんです。結局その単語や用語を記憶する時に自分の経験が伴わないと、脳の中で記憶の引き出しに収めることは出来ないのでしょうね。昔の投稿記事にも書きましたが、以前、私が退職勧告を受けた時に覚えたのが“redundant”でした。あまりに強烈な経験だったので生涯忘れることのない単語でしょう。

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