見かけ倒しの英語力もついに限界

<高校時代-3>
3年生になってからは受験勉強も本格的に。でも英語に関しては砂上の楼閣のような実力に安住していて受験英語を甘く見過ぎていました。受験はテクニックとは言うものの、本当に英語の実力のある人は受験英語だろうがなんだろうが英語と名のつくものはすべてこなせるものなんだって後で気づきました。もちろんテクニックだけで乗り切る器用な人もるのも確かですが。

3年になってから受けた模試の結果は惨憺たるもの。

国立大志望だからと一次試験 (当時は大学入試センターの「共通一次試験」と呼ばれていました) の理社対策に右往左往していて、英語は得意科目という妙な自己暗示にかかっていたこともあって2次や併願校の私大用の英語をかなり疎かにしていました。

今になって当時の私の英語力に欠けていたものは… まず、リスニング力、次に英文解釈力、この2点につきます。

受験にはほぼ関係のないスピーキングについては、自分が普段アウトプットし慣れている自己紹介とか、説明し慣れているものだったら問題はなかったと思いますが、他はダメ。

受験にはあまり関係がないので今回はスピーキングについては保留にします。

さて、リスニング力と英文解釈力って多聴と多読しないと身につかないものです。

英文解釈は実はさらに思考力が必要でその思考力っていうのは国語でも数学でも勉強の基礎になるものなんですけど、それはかなり後になって悟ったことでした。

非まじめっ子

どんな勉強をしたかはあまり覚えていませんが、いずれにしても共通一次の成績は800点を少し超えた程度で英語もすごく良く出来たわけでなく… 東外大の2次試験の英文解釈も英作文もリスニングも出来たという手ごたえを感じることが出来ず、当然のことながら不合格。

併願した私大(一校だけでしたが)はICU (国際基督教大学)だけだったのですが、こちらはそれこそ知識より思考力 (つまり、私に一番欠如していた部分) を問う試験スタイルだったこともあり、国立大受験前に既に不合格の結果はわかっていました。

結局、不本意ながら、でも当然の結果なのですが、浪人生活を始めることになったのです。

その浪人生活でその後の私の英語への取り組みに大きな影響を与えるようなことが起こるとは、この時点では予想だにしませんでした。

written by 非まじめっ子

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